2022/11/24 22:39



いい夫婦の日を過ぎた24日に書いている。

コロナ療養で離れ離れになった1122。

この2日で、夫婦についてに考えては、
はたまた考えるのを止めたりして

そうやっているうちにヒゲダンの“Subtitle”を聴いて
泣いてしまった。

泣いてしまったその歌詞が、
「今の答えなんだな」と思ってこれを書いている。

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救いたい=救われたい
このイコールが今優しく剥がしていくんだよ
堅い理論武装 プライドの過剰包装を

正しさよりも優しさが欲しい
そしてそれを受け取れるのは
イルミネーションみたいに不特定多数じゃなくて
ただ一人 君であって欲しい
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わたしは、多分、いやきっと、捻くれてて、
「正解」を当てると、それが不条理でも“ホッとする“タイプで
「不正解」にすごく不快感を感じてしまう。

これがいいと思えば、周りにすすめてしまう
傲慢な心の持ち主。

子育てをしているとそれをモロに
自分自身で目の当たりにしてしまって
それを誰かを痛めつけてしまう危険さもある。

そんな自分が嫌なんだけど

彼(夫であるパートナー)と生活をしていく上で
わたしの言葉はまるで雪の結晶のようで、
彼にプレゼントしたくても
夢中になればなるほど形は崩れて、落ちて、
溶けていってしまって、消えてしまうけど、

でもこんなわたしが、わたしの温度で、言葉で
ちゃんと伝えられるまで全人生を賭けて
一緒にいてほしい

と思えて、それがピンポイントで歌詞の中にあって泣いた。

振り返れば、この別々の療養期間だって、
わたしが欲しい言葉をくれるひとだった。
わたしの気持ちに寄り添ってくれる人だった。

同じものが返ってこなくても
(わたしが同じように返せていないことが多い(笑))
何も言わないひとだった。

付き合う前はそんなところが「いいな」と思っていて
でもどこかで、「付き合いが長くなれば
そんなの言わなくなるんでしょ」って思ってた。
(ほら、そういう男性って多いっていうじゃん)

でも、違ったんだなー。
今でも、ちゃんと、
彼の自分の言葉で、自分の気持ちの温度を
伝えてくれるんだなー。

言葉とか何も欲しくないほど
悲しみに凍てつく夜まで
勝手にこうやってあれこれ考えているのが
わたしが思ううちの夫婦のカタチなのかもしれない。

この後何年も、何十年も続いても
こうやって言葉と温度を伝えられるように

堅い理論武装も、プライドの過剰包装も
溶けてなくなって
もらっている優しさを循環していきたいや。

これが、今のわたしが考える今のわたしたち夫婦。

来年の1122は変わってるかなー。